月刊脳研バックナンバー2003年1・2月号:脳機能研究所
今月のニュース目次
- ご挨拶
- 初期アルツハイマー病における脳皮質神経細胞の機能劣化を検出する新しい脳波解析法DIMENSIONについて
ご挨拶
2003年1・2月号をお届けします。
本年もどうぞ宜しくお願いいたします。
昨年の脳研講座第2回,3回は順序が逆になりましたが,第2回は「感性解析の理論と実際」について,第3回は「脳機能活性度の計測法」をテーマに致しました。第2回は約30名の参加者があり,最後まで実技などを楽しんでいただきました。参加者は変わりますが,いつも30〜40名の参加者があり,当方としても喜んでおります。御茶ノ水大学の山本様から,花を眺めているときの感性応答の実際
についてお話をしていただきました。脳波解析の第1歩は,正確に脳波を測る事から始まります。実技には参会者の中から被験者になって下さる方があり,3種類の音楽を聴いていただきました。あまりにも本人の好みの通りの結果がでて,少しうますぎるデモでした。
第3回はDIMENSIONについての説明を致しました。DIMENSIONは脳細胞の活性度を脳波から測る技術で,すでにご報告いたしましたように,飲酒量と脳機能の活性度との関係をこの技術で計測し,ビールならば大瓶1本程度が適量で,それを超えると概して脳機能は劣化するという結果が,宝酒造との共同研究でえられておりますが,痴呆症に対する臨床芸術療法の実際とDIMENSIONによる改善度の計測について,芸術造形研究所の小澤様と 大倉様にお話をしていただきました。
今年も同様な企画を致しますので,多数ご参加ください。具体的な日程は追ってお知らせいたします。
なおDIMENSIONの内容を理解していただくために,解説文を本号に掲載いたします。
今年はKSPからの紹介で,インターンシップの学生が2名(東大と東工大)登録されました。またこれとは別に2名の大学院生の学位取得のお手伝いをすることが決定いたしました。ご希望の方はご連絡ください。ただし面接で選考をいたします。
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初期アルツハイマー病における脳皮質神経細胞の機能劣化を検出する新しい脳波解析法DIMENSIONについて
株式会社脳機能研究所
1. はじめに
アルツハイマー病(AD)の早期発見は,早期治療法という観点から重要性を増してきている。SPECT,PET,f-MRIのような脳画像法は初期アルツハイマー病の診断に有効ではあるが,機器が高額であることと放射性物質を血液中に注入しなければならないことが予防手段としての障害になり,他の高精度で低価額である方法の開発が待たれている。これに対して,頭皮上の電位分布は脳内にある神経細胞の活動についての直接的な情報を含んでいるので,頭皮上の電位分布を利用する方法はこれに対する一つの回答を与えるものと思われる。これまでにも脳波とアルツハイマー病との関係についてはいろいろな研究が行われており,前頭部に現れるシータ波のレベルが減少するとか,正常者に比べてREM睡眠中に脳波のスペクトルが低周波域で大きくなることも知られている。また頭皮上の2点間で記録された脳波の相互相関からその間での情報流を推定するCMI(cross-mutual information)によると,アルツハイマー病患者では前頭部と側頭部との間のCMIが減少するという報告もある。この減少は大脳皮質上の離れた位置を結ぶ神経軸索の情報の遮断によるものであろうと解釈されている。
われわれは計算機シミュレーションによって詳細に検討した結果,大脳の新皮質内の神経細胞活動が均一であれば頭皮上の電位分布が一様になることが確認された。ところが皮質内でモザイク状に皮質神経細胞活動が劣化すると,頭皮上電位分布の滑らかさが失われる。頭皮上電位分布の滑らかさを数学的に定義することができて,その値をDαという量であらわした。正常な脳ではDα <1になるが,皮質神経細胞の活動ムラによってこの値は減少する。また滑らかさを表すDαという量SPECT(放射性同位元素を血中に注入し,脳に運ばれたこの物質が放射するガンマ線量から局所的脳血流量を推定する装置)で測った両側頭葉・頭頂葉の脳血流量の低下と高い相関を持つことを明らかにした。このマーカーにより脳機能劣化の初期を検出し,また痴呆症に対する治療法の効果が感度よく計測できるようになった。
2. 方 法
2.1 被験者
1998年から2000年にかけて国立精神神経センター武蔵病院に「物忘れ」を訴えて来院した患者の中から被験者を選んだ。全員に各種の神経心理学的テストを行い,単なる記憶障害のある被験者を選んだ。非常に初期のアルツハイマー患者(very mild dementia, VM-AD)の選別は,一般的に用いられている問診法であるMini Mental State Examination, MMSE)法のスコア(30点満点)が24またはそれ以上(初期における平均値26ア1.6)であり,且つClinical Dementia Rating (CDR) rating が0.5でmemory performancelossの標準値からの隔たりが1標準偏差以内(Wechsler Logical Memory Scale and Paired AssociatesLearning subsets, IV and VII, 」 9, and/or 」 5 on the 30 min delayed recall of the Rey-Osterreith figuretest)という条件を満たす53人を選んだ。すべての被験者は初めの1ヶ月間にSPECT検査と脳波測定を行い,12〜18ヶ月にわたって臨床的に追跡を行った。このうち25人がNINDS-ADRDA基準により,観察期間中にprobableまたはpossible ADになったことが確認された。さらに33人の中期(moderately severely demented probable AD)患者(MMSE=15.3 ア 6.4, range 0-23)が被験者として加えられた。また記憶障害と認知障害のない56人をage-matched normal controlsとした(下表参照)。
2.2 脳波記録
脳波は頭皮上に配置した21個(国際的に決められた位置がある)の電極により,覚醒・安静・閉眼状態で5分間記録された(右の耳朶に基準電極をとりつけた)。脳波信号は5ミリ秒ごとに数値化されコンピュータに蓄えられた。瞬きや筋肉の運動によって生じた不要電位を含む部分は解析から除外した。解析の対象としてアルファ波のみを抽出した(アルファ波成分は,正常被験者では頭皮上の電位分布が極めて滑らかになる)。
2.3 脳波解析
大脳皮質内の神経細胞が活動すると微弱な電流が大脳皮質面に垂直に流れ,頭皮上に電位分布を発生する。正常な脳では計算機シミュレーションによって次のことが確認されている(文献1,2参照)。
正常な脳では皮質上の電流密度は一様であるとすると,皮質の溝(sulcus)の内部の壁面内の電流は互いに逆向きなので相殺してしまい,脳波発生にはほとんど寄与しない。結果として頭皮上の電位分布は滑らかになる。
ところが,皮質内の神経細胞機能がモザイク状に劣化すると,皮質面上の電流密度が一様ではなくなり,脳溝内部で発生する電流はもはや互いに相殺しなくなる。また脳溝の形状が複雑なので,消え残った電流はあちこちとランダムな方向を向いており,これらの影響で頭皮上電位分布に凸凹が生じる。
電位分布の滑らかさをあらわすのに Dという量を導入した。この量は正常であれば1に近くなり,神経細胞機能の劣化が進むにつれて減少する。ここでuobsおよびudipは測定電位,および等価電源のつくる滑らかな電位で, は電極位置についての平均値を表す。自発脳波の頭皮上分布は正常者でも滑らかにはならないが,アルファ波のみを分離すると滑らかな電位分布になるので,この方法では専らアルファ波を用いる。この場合にもDの値は時間的にも変動するので,その平均値をDaとし,そのまわりのDの変動を表す標準偏差値をDsとした。アルツハイマー病が進行するにつれて全ての被験者についてDsは増加する。
2.4 SPECTによる脳血流量測定
Ethyl crysteinate dimer(ECD)という物質は親脂性化合物なので,脳血流関門を通過して脳の活性部分に定着する。この物質を静脈に注射してから10分経過したときにSPECTの画像を記録する。また脳活動と脳血流量との関係が比例関係であると仮定して局所脳血流量を求め,脳内での99mTc-ECD の残存量を補正した。さらにSPM99という統計処理法を用いて3次元標準脳画像上に脳血流量の標準値からの減少量を描き赤で色分けしたのが図1である。この結果によると左右の側頭部と頭頂部での血流減少がDaの減少と相関している。この部分の血流量減少はアルツハイマー病の初期に見られる特徴なので,Daという量はアルツハイマー病による脳機能劣化を感度よく捉えていることが証明された(文献3参照)。
3.結 果
下の図はアルツハイマー病と正常とを識別するDaの感度(sensitivity)を表したものである。例えば中期アルッツハイマー病患者について言うならば,Da>0.971は正常域ではあるがアルツハイマー病患者の10%もこの範囲にいる可能性がある。また特異度(specificity)というのは,アルツハイマー病でない場合(この場合には正常者)について,与えられたDaの値よりも小さな部分に含まれる正常者の割合を表す。そこで,Da<0.952であればアルツハイマー病と判断すべきだが,正常者の10%もこの範囲にいる可能性があることを考慮しなければならない。同様にして,Dsについても感度と特異度が得られた。これらの特性からDaとDsを組み合わせて下図の2次元の脳機能活性図が得られた(文献3参照)。われわれが調べた被験者のデータはすべてこの三角形の部分に分布していた。緑の部分が正常,赤の部分がアルツハイマー病である。これらの領域の間では,正常とアルツハイマー病の判定確度は徐々に変化している。
中間領域では一回の測定ではどちらとも判断がつきかねるが,継続して測定を行ったときに,状態が赤の領域に向けて移動すれば脳機能の劣化が進んでいることを意味しており,特段の変化がなければ中間領域にあっても正常であると判断できる。この図の中には伊奈病院の木村伸博士が金子健二氏らによる臨床芸術療法の効果を書き込んである。それぞれの点の移動は2時間の臨床芸術療法による変化である。白丸はアルツハイマー病と診断された患者に関するもの,黒丸は正常と診断された者の結果である。療法を行っていない間に状態が劣化する場合もある。例えば毎週1回のペースで療法を繰り返すと,改善の度合いの方が休止中に起こる劣化の度合いよりも大きいと,療法の繰り返しによって徐々に正常域に近づく場合が数多く見られている。正常と診断された被験者でアルツハイマー域に来る場合には,このような療法によって改善の効果が見られるが,もともと正常域にある被験者にはこのような改善効果が見られないのが普通である(文献4参照)。
4. まとめ
今回得られた方法は正常とアルツハイマー病とを感度よく識別する能力をもつことがわかった。また病状の進行につれてDaが減少しDsが増加することが確認されている。さらに全被験者についての統計的な結果として,脳波解析の結果得られたDaの減少とともに,初期のアルツハイマー病に特徴的に見られる脳の左右側頭部と頭頂部の血流量が低下することがSPECT検査によって明らかになった。以前に行った計算機シミュレーションの結果によると,Daの減少は(イ)大脳皮質の神経細胞機能の低下または消失による電気活動の不均一性が脳内に発生したランダムな電流源による場合(ロ) 大脳皮質の萎縮による場合があることがわかっている。初期のアルツハイマー病は(イ)に相当する。今回の研究から明らかになったことは,非常に初期のアルツハイマー病でも同年齢の正常者に比べてDaの値が低下することがあること,また病状の進行につれて生じる皮質機能の低下がさらにDaの値を低下させるという事実である。アルツハイマー病の進行による皮質における電気活動の不均一性と同時に,Dsが増加する(電気活動の不安定性が増加する)ことから,神経細胞機能の低下が同時に神経細胞機能の時間的不安定性をもたらすことが明らかになったがが,この性質は今後の脳波研究の一つの新しい手がかりになるものと期待される。
これまでに,脳波のスペクトルとかコヒーレンスを利用した初期アルツハイマー病およびその進行を精度よく検出する方法が試みられているが,これらの方法は脳内のどのような過程の変化に対応しているのか明らかでないという問題点がある。これに対してわれわれの方法は,神経細胞の機能低下によるランダムな電源の発生の度合いを計測しているというモデルが明確で,神経生理学的な状態との関係がわかりやすい。このようなアプローチは,加齢,アルツハイマー病およびその他の神経性疾患によって生じる種々な電気生理学的な脳活動を解釈する有力な手段になる可能性を秘めている。ファン・ビーム下部の空白領域は,大脳皮質の電気活動が場所的には不均一であるが時間的には安定である状態に対応しており,皮質機能の損傷によって神経細胞が殆ど機能しないか死滅した状態に相当している。これに対してファン・ビーム上部の空白領域は,皮質活動が比較的均一ではあるが,全体的に活動が不安定になっている,つまり皮質の機能が全体的に低下していて不安定に機能している状態に相当している。これらの領域がどのような神経疾患を表しているかは今後の研究によって明らかになるであろう。今回の脳波研究は,正常な加齢と異常な加齢の解析に有効であろう。これまでの予備的な研究は痴呆症に対する薬物療法や作業療法の効果を高感度でモニターできる可能性をも示している。われわれはこの方法をDIMENSION (Diagnosis Method of Neuronal Dysfunction)と名づけた。
参 考 文 献
DIMENSIONに関する計算機シミュレーション研究結果
1)J. Hara, T. Musha and W. R. Shankle, Approximating dipoles from human EEG activity: the effect of dipole source configuration on dipolarity using single dipole models, IEEE Trans. Biomed. Eng., 46, 2, 125-129, 1999.
2)J. Hara, W. R. Shankle and T. Musha, Cortical Atrophy in Alzheimer's Disease Unmasks Electrically Silent Sulci and Lowers EEG Dipolarity, IEEE Trans. Biomed. Eng., vol.46, no.8, 905-910, 1999.
SPECTとDIMENSIONとの関係に関して国立精神神経センターと共同で行った研究結果
3)T.Musha, T.Asada, F.Yamashita, T.Kinoshita, H.Matsuida, M.Uno, Z.Chen and W.R.Shankle, "A new EEG method for estimating cortical neuronal impairment that is sensitive to early stage Alzheimers disease" Clinical Neurophysiology, 113 (2002) 1052-1058.
臨床芸術療法とDIMENSIONとの関係に関する研究結果
4)木村 伸,金子健二,西田清子,関根一夫,武者利光,大城泰三,王 増富「正常老人に対する造形療法の有効性効について――Diagnosis Method of Neuronal Dysfunction(DIMENSION)を用いた神経細胞活動変化の検討――」東北福祉大学感性福祉研究所年報vol.4-1.
11・12月号は都合によりお休みさせていただきました。
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